2011-10-08

入船山記念館 3/3(歴史民族資料館)

今回は、司令長官官舎に併設されてる歴史民族資料館。

歴史民族資料館、以前来た時は戦中の食事事情だったけど、
今回のテーマは金唐紙じゃった。(´ー`)y━~~
金唐紙は17世紀当時、ヨーロッパの宮殿や寺院の壁や天井に使われてた、
薄いなめし革に文様を浮き出させ、
金属箔や金泥でメッキされた物が江戸時代に日本に伝わり、
金色の舶来品の皮と言う意味から金唐皮と呼ばれ、
日本では珍重されましたが、当時の日本は肉食では無く、
材料となる皮がふんだんに使えなかったので、
金唐皮を紙で作る試みがなされ、東京日本橋に有った竹屋商店が、
明治6年(1873年)ウィーン万国博覧会に金唐皮壁紙を出品し、
評判が良かったので後に注文に応じてヨーロッパに輸出されるようになりました。

当時輸出された金唐紙は、
現在もヨーロッパの何処か忘れたけど、宮殿の壁に残っている筈。

金唐紙の製造工場は、明治31年(1898年)には15工場のぼり、
芸術産業としてピークを迎えましたが、
デザイン的な魅力の低下、コスト削減を狙った事による品質の低下等から、
輸出の勢いも鈍り、大正8年(1919年)には東京の山路壁紙製造所のみとなりますが、
やがて日本加工製紙(株)に吸収統合された後、
山路美術壁紙として復活しましたが、最盛期の再現はならず、
昭和37年(1962年)に閉鎖され、工業製品としての金唐紙は姿を消しました。

1/3に書いた様に、進駐軍に接収された後、
白ペンキを塗られていた壁を修復しようとするにも、
工業製品としての金唐紙は製造している所も無く、
ごく僅かに残っていた金唐紙を元に金唐紙研究所や紙の博物館の協力を経て、
復元に成功し、建築当時の姿に司令長官官舎を蘇らせる事が出来たそうです。


と言う事で、ここ司令長官官舎の洋館壁には、
6種類の金唐紙が再現され使われている見たい。

壁の腰下部分に使われている、金唐壁紙。
何処に使われてる物か忘れたので、
適当に観賞して下さいな。(;・∀・)y━~~






版木と言うか、叛丸太と言うか・・・・・。

これに和紙を当て、均等に叩いて文様を映し出したそうな。

ちなみに作業工程は15工程に及んだんじゃと。
呉に鎮守府が置かれた初期の頃の図。

未だ鉄道も引かれて無いから、明治も初期の頃なんじゃろうね。(って、単にいつ頃の図か忘れただけ。(;・∀・)y━~~)

昨日の走行でーた。

天応~呉~天応 。  

走行距離22、48km

走行時間1時間10分52秒

平均速度19、0km/h

最高速度46、2km/h

消費カロリー 350


総走行距離3493km+12km+346km2010年12月23日乗り出し。

なーんか昨日は疲れたなぁ。

遅い夏バテなんじゃろか・・・・・。(´・Д・`)y-~~


入船山記念館 2/3(住居部の日本家屋)

1/3は執務、接客等の洋館がメインだったけど、
2/3は、住居部分の日本家屋を。(´ー`)y━~~ 

和室の方は洋館の4倍位の広さが有るけど、洋館と違い至ってシンプル。

うんで、これと言った特徴も無いので、どう紹介して良いものかと・・・・・。

洋館から日本家屋への廊下。
和室はどれもこんな感じで、欄間の飾りも至ってシンプル。

別段これと言った特徴も無し。(;・∀・)y━~~
障子の間から。

何の変哲も無い日本家屋なんだけど、
庭側に縁側が有るのはええねぇ。(´ー`)y━~~ 

さっき障子の間から見えてた庭石。
廊下のガラス引き戸からの眺め。

日本家屋に残ってるガラスは戦前の物なので、
微妙に歪んでてガラス越しに見える風景も面白く、
ガラス自体が一つの風景を醸し出てて良い感じ。(´ー`)y━~~ 

和室はこれと言って特色が無いので、
違った角度からの洋館の外観を。
日本家屋を庭木の影から。

日本家屋の有る裏庭は、
樹木の生えてる所に短いながらも道が有り、
木々の隙間から日本家屋が眺められる。

入船山記念館の回りは木々で囲まれてるけど、
広い範囲では無いので木々の隙間から街中の生活音が漏れ聞こえるけど、
それはそれで又良い感じ。(´ー`)y━~~ 

ただ、ヤブ蚊が多かったので、
サイクルパンツから出てたふくらはぎから一杯血を吸われてしまった。(;・∀・)y━~~

って事で、ヤブ蚊が飛び交う露出部分の多い夏場は要注意。(^▽^)y━~~ 

次は、3/3 歴史民族資料館。

入船山記念館 1/3(洋館の部)

昨日は呉に用事が有ったので、
PROGRESSIVE転がして行ってきた。(´ー`)y━~~ 

ついでに3年ぶり位になるけど入船山記念館に寄って見た。(´ー`)y━~~

呉に出かける前に、リヤディレイラーの調整。

ここの所フロントチェーンリングからのチェーン脱落が良く有る。

まぁ、フロントのチェーンリングが大きいのと、
BB中心からリヤホイール中心までの距離が、
フルサイズの自転車と比べて少し短いし、
9速に改造したからチェーンラインに無理が有るんだろうけどね。(´ー`)y━~~

写真のポインターを合わせマウスのコントローラーホイールをクリックすると、
別ウインドーで表示され、その写真をクリックするとノーマルサイズに拡大されるよ。

リヤディレイラーの調整を済ませて呉へ。 
呉で用事を済ませた後、入船山記念館へ。

駐輪場は道路向かいに有るけど自転車は我が輩1台だけだから、
門の裏側に駐めて記念館へ。
券売所手前に有る旧呉海軍工廠に有った塔時計。

大正10年(1921年)に海軍工廠造機部の屋根に設置されていた物で、
昭和56年(1981年)に整備復元され、1日4回時を知らせるメロディを奏でてる。

券売所で入場料250円を払い記念館へ。

最初の門から旧海軍呉鎮守府司令長官官舎までの道は、
昔呉市街を走っていた路面電車の軌道敷石を敷き詰めて再利用している。
旧火薬庫の1号館、事務所兼用の郷土館には寄らず、
旧海軍呉鎮守府司令長官官舎へ。

司令長官官舎前はロータリーのようになってるけど、
司令長官や他のお偉いさんはクルマで送迎されてたんだろうな。

でも、昔は敷石なんて無かったのかも。

執務や接客応対に使われた司令長官官舎は、
表は洋館だけど、住居部分は和式の建物で、
洋館の裏側で接続されている。

洋館は木造平屋建で、屋根はイギリス式ハーフティンバー様式を取り入れ、
屋根には天然スレート(粘板岩)を魚の鱗のようにして葺いている。


官舎正面入り口。

正面玄関のドアには、海軍の錨と桜をデザインしたガラスが使われ、
周囲はステンドグラスがはめ込まれてる。

洋館の北側に回り、住居部分の旧台所から館内へ。
表からだとガラスの模様が分かり難かったので館内から。

ステンドグラスは思ったよりシンプルじゃね。(´ー`)y━~~

玄関ロビーから。

玄関ロビーからは、右側に有る執務室と客室へ。

ホールは、向かって右側に書生部屋が有り、そのまた奥にトイレ、
正面左側の通路は住居へ続く通路で、左側に接客室と食堂へのドアが有る。
ホールに展示されてた戦艦大和のスケールモデル。

サイズは1/150でオール真鍮製、このモデルは個人が寄付した物みたいである。

執務室。

表の作りとは打って変わって内装は金唐紙(きんからがみ)の壁紙が貼ってあるけど、
調度品を含めた感じは落ち着いた雰囲気で渋い。
接客室。

こちらはシャンデリアもぶら下がり、ソファも布製で壁紙も金色に変わり、
豪華さが有るが、天井は漆喰のままで変にチャラチャラして無い所が、
日本美を感じさせる。

金唐紙の壁紙が豪華で綺麗だったので。
 
金唐紙の壁は終戦後、進駐軍が接収した後、白ペンキで塗られてたそうだけれど、
こういう美術価値の有る物にペンキを塗るなんざ、
奴らの教養が伺い知れるな。(´ー`)y━~~ 

もし日本人が同じ様にこんな建物を接収した場合、
価値を見いだし、多分そのまま使うだろうけどね。(^▽^)y━~~

まっ、何にせよ美術価値の有る物にペンキを塗ると言う行為は、
戦勝国として乗り込んで来た奴らは、
いかに日本を蔑んでいたかを思わせる所行ではあるな。(´ー`)y━~~

ちなみに、現在貼られてる金唐紙の壁紙は、
ペンキの塗られていなかったカーテンボックスの取り付け部や、
電気スイッチボックスの下地を元に復元された物。 

食堂側から接客室を。
令長官官舎で使われていたコーヒーセット。

アイボリー系の白色に金縁で至ってシンプルだけど、
海軍を示す錨と桜のマークが入っている。

食堂。
ここにも金唐紙の壁紙が貼ってあるけど、
金色では無く象牙色の落ち着いた物。

足下の赤いカーペットは単に床材が傷まない様にとの配慮から。

テーブルには当時出された料理が再現されているけど、
単にテーブルに並べて有るだけで、
呉市の展示センスの無さを伺わせるもの。

せめて食器の並びやフォークやスプーンを並べ、
食卓風景位再現しろよなぁ。(´・Д・`)y-~~

と、洋館の部はここまで。

住居部分1/2につづく。

2011-10-07

今朝方友人が・・・・・。

 広島市交通科学館主催の、
 「モーターフェスティバル Hiroshima 2011」がこの日曜日に有るけど、
見に行く?ってカキコしてたので、
クルマじゃ無くてチャリで行くと返答しといた。(´ー`)y━~~

今回見に行ったら、このイベントは3度目になるか。

去年はこのイベントと相乗りして、
2010 ABCミーティング in 広島ってのをうちのクラブ主催でやったし。

ちなみにABCのAは、マツダ AZ1&スズキ キャラ、
Bは、ホンダ ビート、
Cは、スズキ カプチーノ、ダイハツ コペンと、
日本が誇るマイクロスポーツカーの集まり。

写真のずーっと左端までが、参加車両。

って事で、何かこれ見に行くのが、恒例行事になりつつ有るな。(´ー`)y━~~ 

まぁ、今年のこのイベントでは本物の787B 55号車が走るし、
ドライバーもミスタールマンこと寺田陽次郎氏となれば、
外す訳にもいくまい。(´ー`)y━~~ 

2011-10-05

風邪でもひいたか?。

昨日は今日辺りから天気が崩れると天気予報で言ってたので、
身体が鈍らない様に、適当に平地を走っといた。(´ー`)y━~~ 

家を出て坂方面へ向かう。

途中何時もの如く水尻のビーチに寄り、
釣り人の釣果確認してると、釣りをしてる友人と出くわした。

友人はルアーを使ってハマチを狙ってた様だけど、
見てる間には当り無し。

まぁ、ハマチって言っても、そこいら辺をウロウロしてる訳じゃ無く、
小魚を追ってたのがたまたま食いつくってだけなんだけどね。

それでも釣った事が有るらしく、ハマチ釣りにはまってる様子。

他では小アジはそこそこ釣れてたけど、
ヤッパ小イワシ何かの大きな群れが回遊してないと、
岸からじゃハマチは釣れんわな。(´ー`)y━~~ 

昨日は以前と違って満潮。
結構釣り人が居た。

小30分程友人と話しをし、身体か冷えるからと釣り場を後にした。

水尻のビーチを出て、広島方面へ足を向け走っていると、
ここの所良くすれ違うロードのグループとすれ違った。

すれ違ったグループは何処かの学校の部活動何じゃろうか?。

それとも一般の倶楽部?。

春先位までは単独でトレーニングしてる人は居たけど、
以前トレーニングしてるので、良く見てた人はこの所遭わないなぁ。(´・Д・`)y-~~

何処か良いルート見つけたんじゃろうか?。

坂まで出たのでスーパーに寄って晩ご飯のおかずをと寄って見たけど、
食いたい物も無かったので、そのままUターン。

呉方面へ戻ってると、
先にすれ違ったロードのグループと天応の手前ですれ違った。

最初にすれ違った時から時間的に考えると、
吉浦当りでUターンしてるのかも。

海沿いの国道。
有料道路の無料化実験が終わってからと言うもの、
交通量が元に戻って走りにくくなった。 (´・Д・`)y-~~

呉へ出たついでに、晩飯にラーメンを食って帰る事にし、
南州ラーメンへ。

うんで、晩飯の南州ラーメン。
焼き豚の下には、たっぷりとモヤシとキャベツが隠れてる。

南州ラーメンのお店、女性二人で切り盛りしてて、
二人とも奄美諸島の出身みたいで、言葉にも訛りが残ってる。

昨日食べたラーメンのスープ、何かコクが無かった様な・・・・・。

ラーメン食った後は何処にも寄らず帰宅。

昨日の走行データ。



天応~坂~呉~天応 。  

走行距離37、32km

走行時間1時間44分22秒

平均速度21、4km/h

最高速度42、5km/h

消費カロリー 643


総走行距離3470km+12km+346km2010年12月23日乗り出し。


帰ってシャワーを浴びた後、ゴロゴロしてたら寝入ってしまった様だ。

寝て起きた後、少し頭も痛かったし、チョット熱ぽいから、
どうも風邪をひいた様子。

ラーメンのスープにコクが無かった様に思えたのは、
風邪気味だったからか?。(;・∀・)y━~~

風邪の原因は、
ここの所寒かったのに薄着だったからなんかね。(´・Д・`)y-~~

2011-10-02

トレーニング

昨日は夜用事が有ったので、距離走る事はせず、
トレーニングルートを走って来た。(´ー`)y━~~

単にトレーニングルートを走ったって言うだけじゃ面白く無いので、
今日はトレーニングルートの写真を上げて見ることに。

写真中の数字は、
本日の走行でーたの地図写真中の場所を示す。

天応からクレ・ア・ラインの側道を通って吉浦へ抜ける峠の途中。
登って来た方向を望む。

遠くに見えるのは広島の市街地。

もう少し急坂を登る。
この急坂を登り切るとトンネルが有り、トンネルを抜けると吉浦。

急坂を登り切り吉浦の町を望む。
ここから焼山へ抜ける峠道の始点までは下り坂。

焼山へ抜ける峠道を望む。
谷の真ん中に写ってる山の裏側を回り焼山へ。
先の写真で説明してる山を越える途中から上って来た道を。
昨日は土曜日だったので焼山へ登るクルマが多かった。

先の写真の場所から少し登った所から峠の頂上を望む。
残り後2km位。

最後の登り。
登り切るまで後200m。

呉の街に降りる道中。
遠くに霞んで見える山のてっぺんが、この前登った灰ヶ峰の山頂。

右下に、二河峡公園の赤く塗られた水道橋が見える。

下りきったら公園へ行って見るかな?。

下り道を。
路肩には落ち葉が吹き溜まってる所が多々有るけど、
交通量が少ないので路面は綺麗。

昨日は土曜日の昼間と言う事も有り、
ランニングで登って来る人や、散歩する人、
呉の街からの帰りで自転車を押して登って来る人らとすれ違った。

旧道を下りきった後は、さっき見えた二河峡公園へと言う事で、
緩い登り坂を登って公園方向へ。


下ってる途中見えた二河峡公園。 
焼山に呉の水瓶の水源地が有り、そこから呉の街に水を引く為の物。

呉が軍港として選ばれた為に作られた物だから、結構古かったりする。

峠道を登ってお腹が空いたので、
呉裁判所近くのうどん屋一心で昼食。

今日は天ぷらうどんと、おむすび一つ。
呉のうどんは、四国香川のうどんと違い麺は細い。

呉の細うどんは、港湾労働者が短時間で食事を済ませる為に生まれたと言われてる。

一心は結構有名みたいで店内には、
お店に食べに来た野球選手や芸能人等のサイン色紙が沢山貼ってある。

帰りの道中、登った峠方向を。
写真の山の谷間が焼山への峠道。

吉浦は今日から3日間、秋祭りなので商店街に寄って見た。
土曜日と言う事も有り、結構な人出。

一通り屋台を見て帰路に。

本日の走行でーた。

天応~吉浦~焼山~呉~天応 。  

走行距離25、79km

走行時間1時間42分11秒

平均速度15、1km/h

最高速度40、8km/h

消費カロリー 350

総走行距離3433km+12km+346km2010年12月23日乗り出し。

昨日はお祭りの屋台見るのに歩いたりしたので、
平均速度が遅くなった。

昨日は夜、乗ってるクルマの定例ミーティングが有ったので、
帰宅後シャワーを浴び、西条と言う所まで行ってきた。

ミーティング参加車両。
クルマはスズキ カプチーノと言うクルマ。

私のクルマは、写真のライムグリーンのもの。

同じ車種を2台乗り継ぎ、今のクルマは12~3年乗ってる。

2011-09-29

トレーニング用のルート開拓。

夏も終わり、日も短くなってきたので、
短時間で筋力が付けれる様なルートを見つけるべく、
走って来た。(´ー`)y━~~ 

天気予報では雨が降るって言ってたけど、
雨降らないんだよなー。

マジ、天気予報士制度になって、
天気予報の当たらない事、当たらない事。

ホンマ、当たらない天気予報を発表するのに、
何んで天気予報士が必要なんかね。(´ー`)y━~~ 

って、愚痴はこの位にして。

出発してから直ぐにクレ・ア・ライン側道の登り坂を登り、
実家の有る吉浦に出て、焼山へ抜ける峠道を登り 切って、
焼山呉線の旧道を呉の街へと抜け、
何時もの海沿いを走るルートがクルマも少なく良かろうと走って見た。

クレ・ア・ライン側道の登り坂を登りると、
実家の有る吉浦の町の上に出る。
身体が慣れて無いのに直ぐにキツイ坂道は、
身体にこたえるのぅ。(;・∀・)y━~~

天応から吉浦への峠越えをし、
少し下り道を走って焼山への峠道を登り始めるけど、
若い時と比べてヤッパ無理が利かんので、
登るのに何度か休んだ。(;・∀・)y━~~

吉浦から焼山への峠道を登り切ったら、
市営斎場の横を抜け、呉の街へと降りるが、
帰宅時間にぶつかり、焼山へ登るクルマが多くて閉口した。

この旧道は、通勤、帰宅時間帯は、
焼山へ登ったり呉へ出る為の抜け道として利用されてるので、
その時間帯に当たる時は要注意。

その時間帯以外はクルマも殆ど通らないので走り易いんだけどね。

旧道の途中から、本来の峠道を。
こうして見ると、谷が深いので如何にも峠道って感じだね。(^▽^)y━~~ 

後は何時ものルートで帰宅。

本日の走行でーた。
天応~吉浦~焼山~呉~天応 。  

走行距離20、61km

走行時間1時間15分34秒

平均速度16、3km/h

最高速度42、4km/h

消費カロリー 278

総走行距離3407km+12km+346km2010年12月23日乗り出し。

登り坂は今のままでも良いけど、
ケイデンスを稼ぐ平坦地を後5km程+する必要が有るな。(´ー`)y━~~